アルコール依存症は病気か否か

アルコール依存症は、病気か否か。それは長い間、私の中で本当に大きな問題でした。

怠け者や、だらしのない人の習慣的な行為ではないか。弱い人の現実からの逃避手段ではないか。自己中心的な自分への甘やかしではないか。

どちらかというと長い間そのように感じていました。

アルコールこそが人生最大の価値。

しかしある時このような文章を何かの本で眼にしました。
アルコール依存症の人とは、その人の人生においてアルコールが『第一の価値』として、君臨している人のこと。
アルコールのためなら金を惜しまず借金もし、エスカレートすると泥棒、金品強奪、殺人さえ犯しかねない人のこと。

なるほどな、と思いました。私にもそうした傾向があるからです。
それなら私は病気だ。と思ったもののイマイチすとんと落ち着いたわけではありません。

風邪とアルコール依存症が同じ病気といえるか。

私にとっての病気とは、風邪やインフルエンザなどウィルスに感染してかかるもの。
ガンなどの悪性腫瘍。
高血圧、糖尿病、高脂血症などの生活習慣病が自然と浮かび上がってきます。

なかでも、風邪が私にとって真っ先にイメージされる病気です。私自身、年に数回、季節の変わり目にかかるからです。

しかし風邪とアルコール依存症とでは、同じ病気でありながら、あまりにもかけ離れ過ぎているように思えます。
前者は寝て安静にしていれば治る。では後者はどうすれば治るのか。

アルコール依存症は「不治の病」という悲しい事実。

他の病気は「薬などを投与→治療→治る」のに対してアルコール依存症は「呑まない→継続→治らない(小康を保つ)」なのです。

ここで言う小康とは「呑まない・呑まれない」ことによって、
家族や周囲に暴言を吐いたり、暴力をふるわない。
仕事中に呑んで迷惑をかけたり、酔って無断欠勤をしない。
飲酒運転をして他人をひいたり、暴力行為におよばない。
などを一例としてあげることができます。

つまり、人が群れて暮らす街の中で、社会人として最低条件を維持する、ということです。

病気とは「安らかではない。楽ではない」状態にあること。

そんなふうに考えていた私を、すとんと納得させたのが、医師の大井 玄著「痴呆老人」は何を見ているか (新潮新書)という本でした。その中で大井医師は、病気をこのような状態といっています。

英語で病気はdisease、つまりease(楽、安楽)がdis(壊れた)状態。

なるほど、アルコール依存症の人は、家族や職場や社会に迷惑をかけ、心を痛めていることが多いです。(自分ではどうすることもできず)。
呑み過ぎで脳や肝臓、胃や膵臓などの臓器にダメージを与えて苦しんでいる人も少なくありません。

つまりアルコールの呑み過ぎによってdisease状態にあるのです。
そう考えると病気であることは間違いないようです。

それなら私は、自分がアルコール依存症であることを認め、治療をしていくほかありません。
この病気の「治療は、酒をやめる」しかないと医者は言います。しかし今の私には、それは無理。なぜなら何度やっても失敗しました。今後も同じでしょう。
それなら、呑まない日を出来る限り作り、呑む日は少ない量ですますしかありません。
そんなところで妥協する方法以外考えられなくなりました。

アルコール・コントロールですね。しばらくそれをやって自分自身を出来る限り客観的に視ていくしかないようです。

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